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2006年11月の7件の記事

2006年11月28日 (火)

硫黄島の横須賀空

 硫黄島の横須賀空は、どんな(呼称番号の)区分字を使ったのだろうか。

 艦攻隊の記録通り”0”か、はたまた”ヨ”なのか。

 19年5月は陸攻隊など”ヨ”で作戦にあたっているのだけど、進出部隊は直前に連合艦隊司令長官直率となったから艦攻隊が”0”へ替えたのか、もともと艦攻隊は”0”なのか。

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2006年11月25日 (土)

彗星三三型の初陣

 彗星三三型は、19年8月から攻撃三、五、一〇三?に供給されている。一番最初に実戦投入されたのはいつのことだろうか、と考えてみるとこの三隊は台湾沖航空戦、攻撃三、五は10月14日の総攻撃に参加したのが最初なのだから、この日である確率は高い。しかし、フィリピンにいた攻撃一〇五は当然ながらそれ以前から作戦していたのだから、この部隊にまだ供給されていなかったことが確認できたら、との注釈付きとなるだろう。、

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2006年11月24日 (金)

機動部隊の待機場所

 マリアナ沖海戦直前の機動部隊待機場所としてパラオをあげていた本があった。そうすれば、飛行場もあって訓練が出来るというものだけども、今になって思えばパラオじゃB24の攻撃圏内だし、そのうえ飛行場はあるけども、母艦部隊の飛行機を収容できるほど大きくはない。哨戒のためには基地部隊も必要だから、単独で3航戦ぐらいなものだろう。よく考えれば全然だめか。

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2006年11月23日 (木)

電話機使用不能

 沖縄戦ごろ、海軍戦闘機隊の無線電話はあまり使われていなかったそうな。なんでも電話機はあるのだが、肝心の水晶の補充が追いつかず、ひどい部隊になると辛うじて分隊長機のみ使用できる状況だったという。

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2006年11月16日 (木)

新幹線や飛行機で

 旅先でパソコンを使う機会がありましたが、現在私が使用しているパナソニックのY5というノートパソコンは、A4用紙よりやや幅がある大きさです。家で使う分にはなんてことはありませんが、持ち運びとなるとやや大きい感があります。とはいえ座席にゆとりのある新幹線ではまったく問題になりませんでした。悠々使えます。バッテリーの時間も5時間程度は普通に使えるでしょう。東京から博多までのぞみでいける時間ですから、そうそうは困らないはずです。

しかし、余裕のない飛行機ですとそうはいきません。窮屈です。というか、飛行機なんかそんなに時間がかからないんだから、別にいいじゃないかと思って使っていませんでしたが、2つ隣の人が同じパナソニックのRシリーズという小型のものを取り出してぱこぱこやり始めたのを見て、対抗してバックから取り出してみました。やはりちょっと大きすぎで飛行機では使えないなあと思い、バックにしまいました。

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2006年11月15日 (水)

新高山登れ

戦後の調査で、新高山登れの他にどのような略号があったのか、というものがある。

・富士山登れ

・本能寺堀の深さ

・帝国の運命

などが候補になっているが、”筑波山 晴”というのがあったのかも、という回想があるらしい。

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2006年11月 2日 (木)

銀時計

 海軍で学校などを優秀な成績で卒業すると銀時計をもらえたりします。しかし、これが時代によってだいぶん条件がかわってきます。

3期甲飛以降は飛練となり、実用機教程が終われば卒業となるわけですが、それまでの中練終わって卒業となるのと異なり、機種別に分かれた後であるので同じ期といえども成績を比べることが出来なくなります。そこで、機種別に順番を出すことになり、この一見銀時計をもらえる人が増えそうなのですが、そうではなかったようです。

練習生の場合には、教育年度(12月20日だかそのあたりが年度末)ごとの予科練出身ごとに決まることになっていました。例えば、昭和16年度であれば乙飛は9期のみで楽ですが、甲飛は3期と4期、丙飛にいたっては54~56期操練、1~2期丙飛ですから、条件が違いすぎるように思えます。しかも、卒業後すぐにわからないので自分がトップとわかる前に戦死・殉職する可能性もあるわけです。

まあ、同じ銀時計でも、その重みは違いますよ、というお話でした。

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