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2007年8月の6件の記事

2007年8月25日 (土)

南太平洋海戦の「瑞鶴」のみ飛行機状況

まあ、あまりアテにはならないでしょうけども。

索敵機

九七艦攻4機発艦、全機帰艦。さらに他艦の九七艦攻7機を収容。

第1次攻撃隊

零戦8機、九九艦爆21機、九七艦攻1機発進、うち帰艦したのは零戦5機(うち2機は2航戦経由)、九九艦爆1機、九七艦攻1機。

すなわち零戦5機、九九艦爆20機減となるが、他艦の零戦7機、九七艦攻1機を収容している。

第2次攻撃隊

零戦4機、九七艦攻17機が発艦。うち零戦2機、九七艦攻7機が帰艦。さらに他艦の零戦5機、九九艦爆7機も収容。

上空直衛

これは非常に微妙だけど、零戦11機発艦、うち8機帰艦。他艦から10機収容と推測。

ということで、零戦37機、九九艦爆8機、九七艦攻20機。他に第3次攻撃隊に参加した九九艦爆があると考えれば九九艦爆は10機となる。

「瑞鶴」零戦の初期搭載数は、11+4+8=23機?

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その他情報

・本文はだいたい30万文字弱(原稿用紙だと850枚ぐらいかな?)

・資料として当日の艦隊編成、各海戦参加搭乗員の計算上の飛行時間

・19年6月の各海軍航空隊の飛行機数(わかる範囲で)

いまだに発売日や予価などが公表されませんが、今暫くお待ちいただければ幸いです。

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2007年8月22日 (水)

ハードディスク大破

 出沼さんのところでもハードディスク大破とのこと。うちでもあった。といっても8年程前のお話。

 当時はまだ東芝のブレッツアという(当時としては、だが)薄型デスクトップを使っていましたが、これに内蔵HDDを追加していました。ところが、薄型であったために熱がこもるらしく1年で2回ほど壊れてしまいました。これを受けて、外付けHDDの導入と、根本対策としてミニタワー型を導入しています。

そのためなのかはわかりませんが、それ以降は故障には出会わずにすんでいます。今はノートPCですが、「壊れた」と聞くたびにバックアップを取っています。

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2007年8月18日 (土)

ちなみに・・・

これもコピペだけれども、搭乗員編制表は以前の告知とほとんどかわらず。

・昭和一八年一月ウエワク派遣「隼鷹」搭乗員一覧
戦闘機隊、艦爆隊、艦攻隊
・ケ号作戦「瑞鶴」搭乗員一覧
戦闘機隊、艦爆隊
・一八年二月ウエワク派遣「瑞鳳」搭乗員一覧
戦闘機隊、艦攻隊
・「い号作戦」機動部隊搭乗員一覧
戦闘機隊
艦爆隊
・昭和一八年七月二航戦搭乗員一覧
戦闘機隊
艦爆隊
艦攻隊
・昭和一八年一月~一〇月のまで母艦搭乗員事故・殉職者一覧
・「ろ号作戦」一航戦搭乗員一覧(艦攻は調査にて判明した方のみ)
戦闘機隊
艦爆隊
艦攻隊
艦偵隊
昭和一八年一一月一一日敵機動部隊攻撃時搭乗員編制表
・昭和一八年一二月「瑞鶴」飛行機隊搭乗員一覧
戦闘機隊
艦攻隊、艦偵隊
・昭和一八年一二月二航戦搭乗員一覧
戦闘機隊
艦爆隊
艦攻隊
昭和一九年二月一七日敵機動部隊攻撃時搭乗員編制表
・マリアナ沖海戦直前母艦搭乗員事故・殉職一覧
・マリアナ沖海戦時第一機動艦隊搭乗員編制表
六月一九日六〇一空第一次攻撃隊
六月一九日六〇一空第二次攻撃隊
六月二〇日六〇一空第三次攻撃隊
六月一九日六〇一空上空直衛
六月二〇日六〇一空上空直衛
六〇一空偵察隊
六月一九日六五二空第一次攻撃隊
六月一九日六五二空第二次攻撃隊
六月一八日六五二空上空直衛
六月一九日、二一日六五二空上空直衛
六月二〇日六五二空上空直衛
未出撃及び編成表に名前のない搭乗員(六〇一空と六五二空)
六五三空戦闘機/戦闘爆撃機搭乗員一覧
六五三空艦攻隊搭乗員一覧
水偵隊搭乗員一覧
・昭和一九年六月第一航空艦隊攻撃隊編制表
六月一五日ヤップ、トラック島発進
六月一七日ヤップ、トラック島発進
六月一八日ヤップ島発進

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2007年8月 5日 (日)

はい、無理でした

8月末は無理でした。9月下旬以降になるかもしれません。詳細がわかりましたら表紙に掲示しますので宜しくお願い致します。
そこで目次予定を書き込んでおきます。以前書き込んだものとそれほどかわりませんが・・・。数字は原稿時のもので本とは異なります。(コピペなので)

<目次>
序章 8
空母を探せ 8
空母を撃て 11
航空母艦の搭乗員 11
第一航空艦隊編成 12
日本の航空母艦 12
つかの間の栄光 14
そして挫折 ミッドウェー 15
第三艦隊誕生 15
戦場はソロモンへ 17

母艦飛行隊、陸上基地へ 18
第三艦隊司令長官小澤治三郎中将誕生 18
飛行機隊の再建始まる 18
ガダルカナル撤退 19
母艦飛行機隊、基地に投入さる 21
「い号作戦」発動 21
山本五十六大将戦死 24
作戦方針の転換、第三段作戦は「邀撃」 24
航空母艦搭乗員になるまで 25
「飛鷹」被雷! 28
空母を乗り換えトラックへ 29
二航戦飛行機隊消滅す 31

一航戦壊滅す 35
「ろ号作戦」発動 35
一航戦の現状 36
ブーゲンビルの空で 38
敵機動部隊を昼間攻撃す 40
「ろ号作戦」終結 44
再建を開始すべく 45
再度ラバウルへ 48
第二航空戦隊も陸上へ 51
まずは「隼鷹」と「龍鳳」から 51
シンガポールへ 51
「飛鷹」飛行機隊も編成 53
二航戦はトラックへ 53
風雲急を告ぐ 「隼鷹」「龍鳳」戦闘機隊はカビエンへ 54
二航戦ラバウル投入経緯 55
その隙をつかれ、マーシャル陥落 56
邀撃戦に追われる戦闘機隊 57
トラック空襲、二航戦艦攻「イントレピッド」に命中魚雷 58
内地へ引き上げ 59
母艦飛行機隊を陸上基地に相次いで派遣する理由 60

次期作戦に備えて 62
第一機動艦隊編成 62
基地航空部隊の第一航空艦隊 62
増強される米軍空母 63
新作戦計画 64

低速の商船改造空母 66
"護衛"空母になる 66
商船改造空母の実状 66
ようやく飛行機も 九三一空編成 67
潜水艦制圧 九三一空の戦い 68
練習機までもが 九三中練が母艦で作戦する 68
九三中練 敵潜水艦を発見す 69
商船改造空母の価値とは 70

一航戦再建へ 71
再建始まる 71
新機材になる 72
一航戦はシンガポールへ向かう、空輸で艦爆隊長を失う 74
海路による移動 76
六〇一空編成される 77
機材の充足を急ぐ 78
このころの一航戦実状 79
戦闘機隊の訓練は? 80
艦爆隊の訓練は? 81
艦攻隊の訓練は? 82
艦偵隊(彗星艦偵と天山の偵察隊)の訓練と輸送機隊 85
総合訓練 86
六〇一空を速にダバオ方面に進出せしむべし 86
今度はホーランディアへ 88
一航戦訓練終了 89

三航戦(六五三空)編成 90
『六五三空は「瑞鶴」飛行機隊を基幹とした』説は誤り 90
六五三空隊員はどこから来た? 90
戦闘機隊の訓練は? 92
戦闘爆撃隊 戦闘爆撃機はどのように生まれてきたか 92
六五三空戦爆隊編成の理由は? 95
誤解を招く『特別攻撃隊』という呼称 96
戦闘爆撃隊(特別攻撃隊)の訓練 96
索敵隊、誘導隊の訓練 97
内地出撃す 99

第二航空戦隊、またもや再建 101
六五二空となる 101
戦闘爆撃隊編成 102
四月に入り訓練本格化 102
訓練途中でタウイタウイへ 105

タウイタウイ 108
タウイタウイでの飛行訓練 108
飛行訓練出来ずに 109
思わぬ休暇 110
タウイタウイ集結功罪 112

サイパン沖に向かう 114
問題の多い「あ」号作戦 114
四航戦も編成されたが… 114
基地航空隊も準備を進める 115
なんとかしてほしい! 一航艦の実状 117
渾作戦 118
挺身偵察す 敵空母を探せ! 119
訓練の機会を求めて 121
タウイタウイ出撃 124
一方マリアナ方面では 125
ギマラスに着く(六月一四日) 126
敵はサイパンに上陸を開始せり(六月一五日) 127
思わしくないサイパン陸上戦(六月一六日) 129
敵を求めて之を撃滅せんとす(六月一七日) 130
基地航空部隊は最後の力を振り絞り 133
前哨戦始まる(一八日) 134
司令部の判断、帰らざる索敵機 135
「千代田」攻撃隊発艦 136
翌日の決戦に備えて 137

決戦の日(六月一九日) 139
基地航空隊の攻撃 139
索敵開始 140
第一次特別攻撃隊(三航戦第一次攻撃隊)発艦 142
奇襲ニ遭ヒ… 144
一航戦第一次攻撃隊発艦 145
我前衛ノ射撃ヲ受ク 147
全軍突撃セヨ 149
第二段索敵は敵艦隊を見ず 153
第三段索敵発進す 153
第三段一五番索敵機も敵空母発見したが… 155
二航戦第一次攻撃隊も発進 158
本隊は「三リ」へ向けて 159
分離した部隊はそのまま進む 160
機動艦隊司令長官決心 161
一航戦第二次攻撃隊発艦 162
二航戦も第二次攻撃隊、九九艦爆隊発艦 164
彗星隊発艦 166
水上偵察機により触接を実施 168
思わぬ伏兵に…「翔鶴」沈没 170
続いて「大鳳」も 171
三航戦第二次攻撃隊発進できず 172
一方米軍の索敵行動 173
基地航空隊のその後 174
一九日の総決算「マリアナの七面鳥撃ち」 175

勝敗は決定的に(六月二〇日) 176
敵はどこに? 176
基地航空隊は敵機動部隊を発見 177
敵飛行機は味方艦隊の全貌を発見報告せり 178
三航戦攻撃隊発艦 179
敵攻撃隊迫る 179
後方第二段索敵機 180
雷撃隊発進 181
敵空襲を受く 一航戦の邀撃 184
二航戦の邀撃 185
三航戦の邀撃 187
被害は歴然と 188
退避 188
退却 191
敵の追撃つづく 191
中城湾に到着 191
搭乗員脱出 192
内地へ 192

マリアナ沖海戦総括 194
戦果と被害 194
原因はなにか? 米潜水艦の跳梁を押さえ込めず 194
アウトレンジ作戦の功罪 195
大挙出撃した戦闘爆撃機は… 197
経験の蓄積 197
練度は低かったのか? 以前との訓練を比較 198
練度は低かったのか? 訓練内容の変化 199
真の敗因は? 200

その後の空母飛行隊 203
それでも再建すべく… 203
再建される第三航空戦隊 第六五三海軍航空隊 203
増強される第四航空戦隊 第六三四海軍航空隊 204
後回しにされる第一航空戦隊 第六〇一海軍航空隊 204
航空隊のみの出撃 205
"囮"艦隊、出撃 209
母艦からでなくとも 213
K攻撃部隊フィリピン進出 214
神武特別攻撃隊出撃 216
フィリピンの戦局 218
最後の母艦航空隊 220
六〇一空は硫黄島へ 222
全軍特攻に・・・ 224
ここにいたのか 227

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2007年8月 2日 (木)

まったく意味は無いけど

南太平洋海戦で損傷しなかった「瑞鶴」「隼鷹」に何機残っていたのか、行動調書などを参考に推測してみる。(かなりおおざっぱなので悪しからず)

「瑞鶴」:零戦35機、九九艦爆10機、九七艦攻20機

「隼鷹」:零戦14機、九九艦爆9機、九七艦攻5機

なぜ意味がないのか。それは翌日の使用可能機のデータならば戦史叢書などでも載っているから。ちなみに

「瑞鶴」:零戦33機、九九艦爆10機、九七艦攻19機

「隼鷹」:零戦11機、九九艦爆8機、九七艦攻5機

がその値だったと思います。

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