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2008年9月の6件の記事

2008年9月28日 (日)

ようやくレッツ新型発表

と思ったら、ナニコレ?

う~ん、どうしよう?

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2008年9月19日 (金)

雷電の最初の装備予定部隊は?

雷電の最初の装備予定部隊は、331空でした(後の戦闘603)。結局生産が間に合わず零戦を装備して南西方面へ向かいましたが、雷電装備となっていれば南東方面への進出もありえた(南東方面からはそのように要望がされていた)のですが・・・。

その後、381空(後に戦闘602)、301空(後に戦闘601)が編成されましたが、雷電で戦闘に参加したのは381空のみとなっています。

3個飛行隊、302空、352空、332空といった各軍港を防空する航空隊が活動すると、雷電は150機程度の月産が必要になってくるのかもしれません。

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2008年9月15日 (月)

終戦直後の戦訓の一つ

戦訓所見 昭和20年9月10日 航空本部教育部第2課長

敗戦の原因

第1武力戦の不振
1.制空権の失墜
(イ)進攻作戦の末期敵大型機出現以来之が撃墜に手を焼きおるところ戦争中期以降B29の大量出現ありそれ以来殆ど作無き情況にして最近にいたりその損害累加す
原因
大型機撃墜対策考慮の不足並びに立ち後れ

(ロ)
マリアナ作戦頃以来対戦闘機戦不振にして終始圧倒せられ・・・
原因
(1)日本戦闘機隊チームワークの不良(搭乗員の頭の切替及び無線整備の不良)
(2)搭乗員練度の不適切(練度不足呼ばわりするのみで冗長を省き戦訓に即したる急速練成をなさんとする着意に乏しく未熟の儘戦闘参加のやむなきに至る)

(ハ)対敵機動部隊作戦(特攻)の不振
我が最後の手たる特攻も沖縄作戦以降成功率がた落ちとなれり
原因
敵は緻密合理的なる対策をなしつつありしに対し我はただ観念的大和魂のみにして科学性に乏し

(ニ)飛行機実働率低下

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同じ場所にいたとしても

これは言うまでもないことだろうと思っていたのですが、けっこう勘違いしている人がいるみたいなので書いておきます。

人間、同じ場所にいたとしても、必ず同じ感想となるわけではありません。それまでの生活や立場が異なれば、感じ方が違ってくるのです。偶然、結果的に同じになることがあっても、必然ではないということです。例えば、戦後のマリアナ沖海戦について司令長官であった小澤さんと参謀の大前さんでは、同じ質問であってもだいぶ違う受け答えしているな(私は大局を見ているか、否かに感じました)、と思いました。同じように同じ飛行機に乗っていても操縦員と偵察員ではまた違ったものになってきます。

まあ、そう言うことだと思うので、いろいろな史料に目を通しましょう!

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2008年9月 7日 (日)

そろそろ

現在のノートパソコンも2年ほど使っているので、そろそろ新型をという気持ちになってくる。前回はバッテリーが長持ち、軽くて丈夫、DVD付ということでレッツノートになりましたが、さて次はどうしようかな?

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2008年9月 6日 (土)

昔のメモ

海南警備府日令第二号 昭和一九年三月三日

命名式挙行日時場所
三月八日水 一四〇〇楡林市国民学校運動場
三月一一日土曜日 一四〇〇 海口市大英山
第二二九三号 第一三亜
第二二九四号 第二三亜 艦上戦闘機 三亜楡林方面在留邦人 代表者越智**

第二二九五号 第一海口
第二二九六号 第二海口
第二二九七号 第三海口 艦上戦闘機 海南島在留邦人(三亜及び楡林地区を除く)

第二二九八号 山崎号 海南島楡林市 山崎**

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