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2011年10月29日 (土)

203空司令の回想

携帯投稿のテスト

203空司令の戦後の回想
・沖縄戦当時の203空の主任務は制空で、特攻作戦とは直接の関係は無かった
・3月21日神雷部隊の制空隊として203空零戦隊が参加したが、途中で分離してしまった

そんな感じだったかと思います。

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コメント

この部隊から特攻隊を出してしまえば、五航艦は戦闘機部隊を無くしてしまうことになりますから、当然と言えば当然なんですけど。

で、二〇三空が笠ノ原と鴨池に戦闘機隊を分散してたのは、岡嶋さんが「上に煙たいのが居れば、何かと不自由だ」といって鴨池に移ったという噂……

投稿: 源五郎 | 2011年11月13日 (日) 18時58分

源五郎さん

3月の九州沖の時点では5AF自体が神雷部隊以外はほぼ通常攻撃(未帰還の場合は特攻認定)のようですのでともかく、4月の3AF部隊が展開後、3AFの210空、252空、601空には爆戦特攻が命じられているんですよね。203空は、そもそもそんな話は無いと言い切っているところが印象に残っています。

分散配置は面白い話ではありますが個人の意見ではなく、受身の戦いのため、奇襲で全滅を避けるための予防策でしょうね。戦闘303は隊長が変わった後も鹿児島のはずです。

投稿: 川崎まなぶ | 2011年11月19日 (土) 23時14分

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