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2012年1月22日 (日)

比島台湾間輸送作戦

昭和20年1月、フィリピンルソン島に米軍が上陸。搭乗員らはツゲガラオなどへ転進させられたものの、なお一部がクラーク、そしてマニラ郊外のニコルスに残留している状況であった。このため、1月20日連合艦隊司令部が横鎮長官に対し一式陸攻12機を夜間飛行可能なペアにより進出させ、輸送任務に当てるように命じた。これを受けて横空の大ベテラン須藤大尉らが高雄に進出してきた。

しかし、20日にはすでにクラーク基地付近に迫っている状況であり、第1回目の24日夜間の作戦の、かつたった1機のみ、すでに陸戦が始まりつつあるクラークへ降り立つことができている。この機は行きに手榴弾などを、帰りに221空搭乗員4名とあとは地上員などを運ぶことが出来た。これ以外は、ニコルスやツゲガラオへ着陸、輸送を行なっている。

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コメント

上記の221空の4名のお名前は解りますでしょうか? 私の父親が221空戦闘313にてクラークへ行き、その後ツゲガラオに向かう途中、台湾新竹へ4人(上官を含め)で輸送機にて乗り込んだと聞いている。途中ゲリラと遭遇し、1名が死亡し病院近くへ埋葬したとのことも聞いている。

投稿: 名倉 剛 | 2015年12月 6日 (日) 15時40分

お問い合わせの件、名前はわかりません。
この陸攻はクラークに直接乗り入れた最後の便になります。お話を拝見すると、クラークではない別の飛行場からダグラス(1021空鳩部隊とかの)にのり移動されたのではないでしょうか。

投稿: 川崎まなぶ | 2015年12月 8日 (火) 00時37分

エチァゲからダグラスに乗り新竹に向かったと聞いております。その後、岩国へ入り332空にて迎撃部隊で伊丹で終戦とのことでした。

投稿: 名倉 剛 | 2015年12月 8日 (火) 23時12分

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