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2012年2月の5件の記事

2012年2月18日 (土)

「しまね丸」の話

「しまね丸」型の建造の話で、烈風などを搭載する~、というような話がありますが、そんな話を軍令部関係の史料で見たことがない、というか、そもそも「しまね丸」のような船に興味を持っていない感じなんですよね。

また、烈風などを搭載することを考慮にいれているならば昇降機はそれに合わせ14m×14mになっているはずでは?さらには着艦制動索がどういうわけか古い呉式で、それも7基と数が多すぎる。

ちょっと不思議に思っています。

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2012年2月11日 (土)

なぜ昭和20年以降に試製飛行機の兵器採用が行われなかったのか

記録を見るかぎり、昭和19年12月以降、試製飛行機の兵器採用は行われていません。ゆえに紫電改や彩雲、彗星43型といった飛行機は、試製、仮称の冠を外すことは出来ませんでした。

ただ、ちょっと気になったのは、搭乗員の方々が持っている航空記録(終戦時に焼いてしまった方多数ですが)にも、搭乗した時の記録を見ると試製とあるそうなんですね。試製飛行機に搭乗した際には、搭乗員の方々には恩恵もあるそうなんで、ひょっとすると搭乗員らのことを考えて、故障しやすい飛行機などは敢て試製のままにした可能性もあるんじゃないかなーと思い始めています。

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琵琶湖

何かの本にあった話。

戦後、5、6年たったころ、琵琶湖底から搭乗員のご遺体が引き上げられています。沈んでいたところが影響したのか、ほとんどそのままの姿で発見されたそうで、氏名はライフジャケットに記述があり、昭和20年8月14日琵琶湖付近で戦死した戦闘308の兵藤中尉であることがわかったそうで、ご遺族立会のもの荼毘にふされたそうです。

その際にご遺族が、寒かったろうに、という思いからでしょう、ご遺体をマッサージしていたところ、肌に赤みが戻ってきたようにみえたそうで、みなさん言葉を失ったそうです。

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むかしばなし

 拙著「マリアナ沖海戦」で記述した通り、祖父の弟は軍楽隊で「大鳳」艦上で戦死しています。先の1月、田舎の親戚(祖父の妹?の息子)がやってきて、その話になった。なんでも1回実家に帰ってきた時、一緒に駅まで歩いたことがあったとか。それと家に残されていた楽器はまだあるんじゃないかなーという話でした。

それと、軍楽隊で富士山に登った時の写真やら、久しぶりに見ました。裏書には昭和11年とありましたね。

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2012年2月 6日 (月)

なんだか

書類整理しているだけで、まったく前に進まない。あっという間に月曜日。

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