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2012年3月 3日 (土)

攻撃第1飛行隊

昭和20年2月20日、601空艦爆隊を中心に131空艦爆隊を加え編成された部隊である。601空艦爆隊の飛行隊長であった村川大尉がそのまま攻撃1の飛行隊長になったが、当時硫黄島特攻作戦の最中であり、翌日21日に特攻戦死されてしまう。

その後、722空艦爆隊などから人員を補充し、国安大尉が飛行隊長となり沖縄作戦に参加するため国分へ進出するも4月7日国安大尉らも特攻戦死し消耗してしまう。

210空より飛行隊長野村大尉らを迎え、再度国分へ進出するも事故などもあり出撃できなかった。

20年7月、百里原に展開し待機していたところに敵機動部隊が東日本の沿岸へ来襲、木更津の攻撃5の流星隊と共に攻撃1も特攻出撃している。

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