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2012年3月 4日 (日)

攻撃第3飛行隊

昭和19年3月15日541空隷下の部隊として新編成された。肝心の飛行機は第1線部隊の部隊ですら供給不足に陥る中、他の62航戦部隊同様に主戦力の彗星どころか九九艦爆すら僅かな数しか供給されなかった。

マリアナ方面の敗北を受け7月10日に行われた改変で541空は解隊され、762空の隷下に変更された。13期予備学生の配属など人員の数はそろったが、機材が問題だった。ようやく彗星の本格供給が始まるも故障が頻発しており、やはり訓練はすすまなかった。

10月10日付で762空がT攻撃部隊の中核となるため、攻撃3と銀河の攻撃405、攻撃406は新編成された763空の隷下となる。ちょうどこの日に沖縄空襲、台湾沖航空戦が開始されることになる。攻撃3は10月14日飛行隊長池内大尉以下20機が国分を発進、沖縄を中継(一部残留)して敵機動部隊攻撃に向かうが、攻撃前に戦闘機と空戦となり全機未帰還となった。翌15日沖縄に残留していた機が攻撃に発進してこれも全機未帰還となった。

残りの機は攻撃5、634空と共に台湾、クラークへ進出。10月24日、25日の攻撃に参加、それぞれ1機の未帰還機を出している。

10月下旬、分隊長の小川大尉の指揮する集団が701空の彗星と共にフィリピンへ進出。その後もいくつかの集団で進出が行われている。

11月15日の編成替えで攻撃3は761空隷下となり、内地に残留していた攻撃3の主に予備学生らの搭乗員は攻撃103へ転勤することとなり、その代わりに634空艦爆隊が攻撃3に編入されることになっていた。しかし、この日以降、同じ761空隷下となった攻撃5の記録が若干あるのみで攻撃3の記録はほとんど見つけられなくなっている。

昭和20年1月、攻撃3は攻撃5と共に内地へ引き上げとなり、再建がすすめられる。

252空隷下となる。

4月の沖縄戦では分隊長の指揮のもと一部が進出、特攻作戦に従事している。

その後、再建が進められるも出撃の機会無く終戦を迎えている。

※記憶を元に記述 間違っていたら失礼します。

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