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2012年3月19日 (月)

攻撃第5飛行隊

昭和19年7月10日、横須賀空艦爆隊を基幹として752空隷下に編成される。攻撃3、102、103、105といった他の部隊に比べ機材(彗星艦爆)は充実しており、訓練は香取基地で行いつつ、標的艦爆撃訓練も行なっていた(基地は大分)。事故もいくつかあり、ベテラン下士官を失っている。

10月10日から始まった台湾沖航空戦に実働機全力で出撃した(若手は香取に残留)。

<戦闘詳報より>

10月22日菲島基地へ台湾より転進の際菲島における基地配分と台湾に於いて打ち合わせたる基地配分異なりかつ多数飛行機が日没直前クラーク地区に殺到せるため空中混乱しまた地形判明せざるため予定外の基地に膠着するものなど生じ大混乱を来した
その結果、飛行機隊と輸送機にて進出せる整備員異なる基地に降着し24日0000に至るも連絡取れず、翌23日の攻撃に大支障を来たせり

集団攻撃不可能なる場合(攻撃兵力ならびに援護戦闘機兵力弱小にして正攻法不能の場合また天候不良にして大集団の行動困難なる場合)彗星の優速を活用せる単機奇襲攻撃法を計画訓練せるも練成中途にて作戦発動せられたり
10月13日
0930 51甲戦機密電令作第8号により彗星36機香取発進国分に進出
1232 1/3D発動機不調のため兵庫県武庫郡鳴尾村大山に激突大破搭乗員戦死
1428 1/12D排気ガスのため操縦付のぬとなり鹿児島県*良郡東国分村本戸山に激突帯は操縦員戦死
1430 彗星29機国分着
10月14日
0630 彗星11機沖縄を中継基地とし台湾東方敵機動部隊攻撃のため国分発
0830 大住郡沖永良部島西南方海面に突入搭乗員戦死
0900 彗星10機沖縄北飛行場着
1330 彗星6機沖縄北飛行場発進 視界不良のため友軍と集合不能
1425 宮古島より針路180度にて戦場に向かう
1450 天候不良のため2機ずつ3編隊に分離索敵
1518 地点フリ二カに空母2、戦艦1からなる敵機動部隊を発見
1,3/1D 1/2D,1/4Dは攻撃、空母1、改装空母1に各25番1を直撃せしむ
2/1D,3/2Dは敵を見ず
1740 2/1D,3/2D台東基地着
未帰還 /1D

1/1Dは彗星隊指揮官の突撃せよの電報を受信せるもその後の状況全く不明攻撃後C*1炎上するを認

10月15日
1300 彗星2機2,3/4D沖縄小禄飛行場発進、攻撃第3飛行隊分隊長指揮下に敵機動部隊攻撃に参加せるも彗星隊全機未帰還のため詳細不明
0630 彗星1機 1/2D高雄台南部隊(甲隊)前路索敵F12番線鷲*鼻より55度260浬右折60浬のため高雄基地発
0722 *鼻発針路55度
0735 発動機不調のため台東着

10月16日
1600 彗星2機沖縄南方敵増援機動部隊捜索のため小禄発進
2000 敵を見ず全機帰着
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台湾沖航空戦後、実働の彗星艦爆を最も保有しており、その後の比島沖海戦でも主力として活動した。

11月15日の編成替えで761空に変更。内地にあった隊員は攻撃102に転勤となり、かわりに比島へ進出してきた元機動部隊のK攻撃部隊を吸収。クラークその後ダバオにて少数機による出撃を繰り返していた。また、一部が特攻隊として出撃している。

昭和20年1月、攻撃3と共に内地へ帰還。予定通り新型機流星へ機種改変されたが、機材が集まらず沖縄戦への出撃はできなかった。

20年7月、米軍機動部隊が関東沖現れると、攻撃5は特攻作戦に参加した。

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