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2012年5月の6件の記事

2012年5月13日 (日)

昭和19年10月14日の彗星隊

沖縄へ彗星40機を発進後でも、内地にはそれなりの彗星が残留しています。

攻撃3、攻撃5、701空それぞれ約10機の実動機がありますが、このうち、701空の彗星のみ台湾へ進出していきますが、フィリピンへの進出は遅れてしまいます。

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2012年5月 4日 (金)

昭和18年1月10日「アルゴノート」撃沈の状況

敵潜水艦が輸送船を雷撃するも外れ、その魚雷は2本爆発、2本海面航走。 
駆逐艦「舞風」は浮標投入、爆雷攻撃により油が出しはじめ次第に運行不能となったのか沈深を保てなくなったようだ。

ついに味方水偵が敵潜水艦を水中に発見、爆弾2個投下。「舞風」全速でさらに爆雷攻撃に向かう。爆雷4個投下。ところが、上空にいた敵B17 1機が「舞風」を爆撃してきた。被害なし。

やがて敵潜水艦が急速浮上、これを「舞風」砲撃、続いて「磯風」も合同し砲撃。「磯風」の爆雷攻撃にて一抹の水泡を残し海に消えていった。

駆逐艦「舞風」艦長が残した日記の写より。

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2012年5月 3日 (木)

昭和19年10月15日

台湾方面より、停止中の敵空母攻撃のため早朝より零戦45機、銀河10機が発進するも、零戦はいつのまにか9機となり、戦果不明で銀河9機を失った。

夕刻、零戦6機、銀河6機が攻撃に向かうも指揮官機発動機故障のため全機引き返した。

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台湾沖航空戦の銀河隊

攻撃406の編制表はなんとかなることに気がつく。

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2012年5月 2日 (水)

クラーク防衛戦

16戦区(763空)の帰還報告を読む。763空搭乗員(一部整備員)は、20年1月中旬にクラークからタルラックまでトラック、そこから徒歩へ移動していった、とある。(タルラック陥落が1月21日、続いてクラーク飛行場地区へ米軍が侵入する。)

763空でクラーク攻防戦に参加した搭乗員は、戦場に不時着もしくは病院へ入院でもしていない限り基本的には無く、これは1航艦司令部からの命令で移動しているので他の部隊も同じハズであろう。

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2012年5月 1日 (火)

戦史(航空関係)編纂要領案 昭和20年10月

終戦直後に作成された戦史(航空関係)編纂要領案の要旨はこんな感じでした。

1.方針
(1)戦史の叙述にあたりては公平中立なる客観的事実を詳細に記述するに努む。戦闘の推移に影響する具体的事象特に計数的諸要素の集録に努む
(2)当初概ね半年間は必要なる諸資料(特に計数的諸要素)を収集整理しその後は資料を収集しつつ戦史の叙述を行う
(3)米英の戦史関係図書があれば、入手し本戦史内容の適正化を図る
(4)時期を得れば大東亜戦争秘史として後世に伝える価値ありと認めらるる本戦役従軍将士の美談(特に特攻隊員)をも編述す

概史並びに作戦関係の主担任が淵田氏、航空部隊の編成、制度関係の主担任が奥宮氏となっています。これらの作業が元で、著述につながっていったのかもしれませんね。

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