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2013年2月の5件の記事

2013年2月25日 (月)

終戦直前の攻撃第1飛行隊

終戦直前の攻撃第1飛行隊は搭乗員編制表が残っており、どのようなペアだったのかもわかるようになっています。

指揮小隊が2機、第1~6急襲隊各3小隊(4機)づつなので74組、さらに各急襲隊に予備員3~4名いる感じで、ほぼ偵察員もそろっています。1機のみ操縦員のみなのがありますが。

8月9日の出撃は渡辺大尉の第3急襲隊が、13日は平尾大尉の第6急襲隊、15日は斉藤大尉(いずれも71期)の第5急襲隊が出撃しています。出撃しなかった第1はベテランばかりの隊ですが、第2、第4は3,5,6急襲隊に比べても若い操縦員が多いようです。

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2013年2月11日 (月)

特攻作戦を中止させた人

沖縄戦開始前、練習航空隊各部隊へ特攻隊の編成が下令されました。その中で、豊橋空や松島空といった陸攻の練習航空隊に対しても特攻隊の編成が命じられたのです。しかし、当時使用していた九六陸攻では中型機で低速、効果が期待できない、として豊橋空飛行長の巌谷少佐は5AF司令部に「九六陸攻の特攻は無意義」と意見具申、これが通り夜間雷撃に変更となったそうな。巌谷二三男著「海軍陸上攻撃機」より

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2013年2月10日 (日)

沖縄制空戦・予備学生

沖縄戦では、多数の予備学生が特攻隊員として戦没されておりますが、沖縄戦参加の戦闘機隊で13期予備学生が多い部隊があります。

それは練成部隊である210空です。例えば、4月6日の出撃隊員は零戦20機のうち9機が13期、紫電10機も5機が13期といった具合です。そのため、予備学生だけの区隊(4機)もあったりしています。

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2013年2月 9日 (土)

沖縄制空戦・練習航空隊

昭和20年3月18~21日、アメリカ機動部隊が沖縄戦の前哨戦として九州・呉地区を空襲、所在海軍航空隊は邀撃、攻撃でその戦力を大きく削がれた。特に203空、343空、721空の戦闘機隊の戦力低下は顕著であり、そのため、練習航空隊の筑波空、谷田部空、元山空、大村空に対し、これら部隊が防空などを目的に元々持っている戦闘機隊に、保有機材のうち空戦可能機材をもって部隊が編成され、進出が命じられた。

これら戦闘機隊は、各隊特攻隊が鹿屋へ集結していくのと同時に出水、笠之原に展開、制空戦に従事している。これらの隊員は特攻隊に編入されるなどは無いにしても制空戦は苛烈を極めており、各隊先任のうち筑波空高橋大尉、元山空山河大尉、大村空小林大尉の3名が戦死するなど被害は大きかった。

なお、隊員は元山空以外は他の戦闘機隊に比べて若手が多い印象で13期予備学生、17期乙飛らも加わっている。

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2013年2月 3日 (日)

忙しい。。

やることやってなかったため、多忙な毎日を過ごしております。

そんな中、昭和館に立ち寄り、開架にあった本をペラペラをめくってみたところ、シンガポールにいた「天津風」に着任し、航海士?となった予備士官の方の手記でした。仮に作られた艦橋が、内部は木製品だったりしたことなんかが書いてありました。

まあ、本の題名忘れたんですけどね。

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