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2013年5月 5日 (日)

偵察第3飛行隊

昭和19315日、141空の飛行隊として編成。機材が中々供給されず思うように訓練出来ず、マリアナ沖海戦に出撃することはなく、海戦後の710日の改編では、母艦部隊である601空艦偵隊を吸収。沖縄に半隊ほど進出させていたところ、1010日の沖縄空襲で敵機動部隊を発見することは出来ずその兵力を失った。鹿屋から発進した偵察3の彗星が敵機動部隊を発見している。台湾沖航空戦では索敵に活躍したが、フィリピンには進出せず都城で彩雲への機種改編を開始した。1115日の再編成でこれらの彩雲は偵察4に編入されて12月にフィリピンへ進出していった

1115日付で701空に編入、701空はフィリピンに展開しており帰還中であり、121日ごろより偵察3の主力は都城より木更津へ移動し701空ではなく752空司令の指揮下に入った。都城には一部のベテラン、多くの若手が残り、九〇機練、九三中練、九九艦爆を使用しての基礎訓練が続けられていた。12月5日より752空偵察12の彩雲2機を借用して訓練開始。しかし、彩雲は同じ基地にいる偵察12への供給が優先された結果、昭和2011日時点の在木更津偵察3の使用可能機は彩雲1機、99艦爆1機に過ぎなかった。それでも13日までには彩雲による基礎訓練は完了し、偵察12が台湾へ進出していくと偵察3への新機材割り当てが始まったが故障があまりにも多く困っていると23日に3航艦へ報告している。

そんな中、752空は偵察3、偵察102から三木大尉ら搭乗員6組、整備員6名をトラックへ進出させるように命令を受け、彩雲3機がトラックに進出し東カロリン空に編入された。偵察3自体は210日付で701空から801空に編入された。

215日早朝硫黄島付近に敵機動部隊発見、160715以降敵艦上機が関東各基地に現れた。偵察3の彩雲1機が索敵に向かい未帰還となっている。17日も彩雲1機が発進し敵巡洋艦を発見したが、敵戦闘機の銃撃で電信員が負傷し燃料タンクを撃ちぬかれたが何とか帰投できた。その後も索敵、特攻隊の支援に従事している。

しかし、偵察33月中旬に彩雲から陸攻隊に編成替えとなり彩雲の搭乗員は偵察102や偵察11に転出、325日付で部隊名が偵察707に名称変更されて偵察第3飛行隊そのものも消滅した。飛行隊長は発足から解隊まで武田大尉(65期)であった。

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