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2013年6月 4日 (火)

偵察第12飛行隊

昭和19年10月10日付で偵察11の丹作戦(泊地攻撃作戦)参加兵力を基幹として編成された。すぐさま偵察11の応援で台湾沖航空戦に参加した。飛行隊長の高木大尉(64期)は、発令された時、攻撃501(銀河装備)分隊長として出撃直前で、そのまま転出せず銀河で出撃しようとしたため着任が遅れたという。偵察12の彩雲隊は偵察11も進出していなかったフィリピンまで進出、原隊に帰還してきたのは11月ごろになっていた。
 11月よりグアム、サイパン、ウルシー方面の偵察を担当することになり、11月9日、15日とグアム島偵察、さらにはトラックに進出しウルシー偵察も成功させた。。
11月27日サイパン飛行場に対し第1御楯隊の零戦の銃撃作戦の戦果確認のため彩発進、途中まで零戦隊を誘導し、1番機は零戦隊と2番機を分離後、戦果確認に向かったが零戦隊の攻撃と時間が合わずに確認できなかった。さらに途中で分離した2番機は未帰還になってしまう。12月5日にサイパン、テニアン偵察に向かった彩雲が未帰還となり、この方面での偵察12の偵察作戦は終わった。
昭和20年1月、偵察12は台湾に進出。現地にあった偵察4と共に既に上陸されていたフィリピンルソン島沖の哨戒が行われた。
なお、この時より彩雲、2式艦偵に加えて、紫電も索敵に参加している。結局3月24日までは台湾周辺からフィリピン方面を索敵していたが、3月24日以降沖縄方面への索敵に切り替えられた。その後も台湾で作戦を実施していた。

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