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2013年6月の2件の記事

2013年6月23日 (日)

航空戦艦と「速吸」型「鷹野」型

 拙著『日本海軍の航空母艦』にも書いたと思いますが、昭和17年8月、航空戦艦と「速吸」型「鷹野」型といった、着艦甲板はないけど射出機を装備し、13試艦爆を射出して帰りは基地もしくは他の母艦へ帰還させるという計画が進められます。これらの計画は、何のために進められたのか、というとアメリカの商船改造空母対策であろうというのが私の見解です。ちなみに航空戦艦にしても、「速吸」型にしても、図面が13試(彗星)ではなく17試(流星)となっていますが、これは艦政本部側の大きい機体が入るようにしておけば後々困らせない、というもので、航空本部側には17試を搭載する計画自体が存在しません。

これらの計画は「伊勢」「日向」の改造で実現しますが、肝心の彗星(13試)の射出が21型では実戦運用が困難だったらしいこと、とはいえ22型の準備には時間がかかり、そもそも戦訓から彗星でも戦闘機の直掩が必要になることがはっきりし、計画時構想していた運用が困難となり、装備部隊である634空は瑞雲との共同運用となっていきます。

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2013年6月 4日 (火)

偵察第12飛行隊

昭和19年10月10日付で偵察11の丹作戦(泊地攻撃作戦)参加兵力を基幹として編成された。すぐさま偵察11の応援で台湾沖航空戦に参加した。飛行隊長の高木大尉(64期)は、発令された時、攻撃501(銀河装備)分隊長として出撃直前で、そのまま転出せず銀河で出撃しようとしたため着任が遅れたという。偵察12の彩雲隊は偵察11も進出していなかったフィリピンまで進出、原隊に帰還してきたのは11月ごろになっていた。
 11月よりグアム、サイパン、ウルシー方面の偵察を担当することになり、11月9日、15日とグアム島偵察、さらにはトラックに進出しウルシー偵察も成功させた。。
11月27日サイパン飛行場に対し第1御楯隊の零戦の銃撃作戦の戦果確認のため彩発進、途中まで零戦隊を誘導し、1番機は零戦隊と2番機を分離後、戦果確認に向かったが零戦隊の攻撃と時間が合わずに確認できなかった。さらに途中で分離した2番機は未帰還になってしまう。12月5日にサイパン、テニアン偵察に向かった彩雲が未帰還となり、この方面での偵察12の偵察作戦は終わった。
昭和20年1月、偵察12は台湾に進出。現地にあった偵察4と共に既に上陸されていたフィリピンルソン島沖の哨戒が行われた。
なお、この時より彩雲、2式艦偵に加えて、紫電も索敵に参加している。結局3月24日までは台湾周辺からフィリピン方面を索敵していたが、3月24日以降沖縄方面への索敵に切り替えられた。その後も台湾で作戦を実施していた。

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