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2013年8月の6件の記事

2013年8月27日 (火)

「日本海軍艦上爆撃機 彗星 愛機とともに」の写真

「日本海軍艦上爆撃機 彗星 愛機とともに」(吉野泰貴著)のP105上のに彗星三三型に乗る搭乗員の写真がありますが、この写真、27期操練の野上さんだろうと思います。昭和19年春に百里原空へ、終戦直前にK1へ転勤されていますが、空冷型彗星について「不安定な飛行機だった」と聞いています。

その後のページの編制表を見ると、隊長機の後席には本江大尉が乗り組んでおられますから、写真の時期は昭和19年11月(11月に野上さんが少尉進級、12月に本江大尉がK103へ転出)になるのでしょう。

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2013年8月25日 (日)

形式の甲乙丙

昭和19年10月に海軍飛行機のいつくかが兵器採用されています。これが最後の飛行機の兵器採用となっておりますが、雷電三一型とかいくつ作られたのかよくわからん飛行機も採用されています。

ところで、このタイミングで武装の差異でも飛行機の形式が分けられるようになりました。例えば、零戦五二丙型とかはわかるんですが、複座機の旋回機銃の差異で形式わける必要ってあったのか?と思っています。

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2013年8月18日 (日)

戦闘機搭乗員

「海軍戦闘機隊」のデータより。昭和16年戦闘機専修卒の生存者数/卒業者数。

53期操練 昭和15年8月卒 3/11
54期操練 昭和16年5月卒 2/21
55期操練 昭和16年7月卒 1/9
56期操練 昭和16年7月卒 1/19
2期丙飛 昭和16年10月卒 7/37
9期乙飛 昭和16年10月卒 2/23
4期甲飛 昭和16年9月卒 1/21
34期飛行学生 昭和16年4月卒 3/5
35期飛行学生 昭和16年11月卒 0/11
7期予学 昭和16年7月卒 0/2

戦死率88.5%。

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2013年8月17日 (土)

飛行隊長

海軍の場合(昭和16年以降)、1個飛行隊に1名の飛行隊長と2名の分隊長が付くのが原則で、1個飛行隊というのは戦闘機、艦爆などは18機なので、定数が36機とかですと2名の飛行隊長がいても制度上はおかしくはないのですが、飛行隊長職出来る人的資源の問題もあり実行できてはいません。

飛行隊長は概ね大尉、少佐クラスが発令されると思っていて、中尉で発令されることって稀なことだと思っています。ただ、19年初旬69期の春田中尉が204空飛行隊長になっているので、アジ歴の辞令公報で見てみたところ、同日付で252空飛行隊長に粟中尉、253空飛行隊長に梅村中尉、281空飛行隊長に今村中尉(前年12月にすでに戦死)が発令されているんですね。

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2013年8月10日 (土)

アジア歴史資料センターに海軍の辞令公報が公開されました

アジア歴史資料センターのトップページにあるように、海軍の辞令公報が公開されました。

編成関係、辞令公報などぶっとい史料綴りをめくりながら調べるのが私にとって苦痛でWEBで好きなときに閲覧できるようになるのは歓迎ですが、正直、ようやくって感じです。

防衛研究所の図書館にある史料の複写は何年も前に終わっています(その間閲覧ができなくなるのでどの史料が候補になっているのか我々利用者でもわかりました)が、あくまでも伝聞です、アジア歴史資料センターの資料の掲載は陸軍関係が優先されるとのことだったので、時間はかかるのかなとは思っていました。それにしても、時間がかかったな、というのが感想です。

あとは航空隊関係の戦闘詳報がいつになるのかな、というのが関心ごとです。

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2013年8月 4日 (日)

昭和19年10月26日、陸軍第4航空軍戦闘機隊

比島沖海戦が集結しつつあった昭和19年10月26日、在比島の陸軍第4航空軍戦闘機隊の実動機は下記のとおりだった。

4式戦闘機 21機(5個戦隊)

3式戦闘機 5機(2個戦隊)

1式戦闘機 14機(5個戦隊)

以上、バコロド。

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