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2014年5月の2件の記事

2014年5月10日 (土)

さてと、どう纏めようか?

陸偵隊って哨戒、もしくは局地偵察が任務なわけで、敵を見つけても直接陸偵が攻撃するわけでもない。空中戦になったとしても、戦闘機のように積極的に攻撃し撃墜できるわけでもない。敵を見つけても味方が攻撃しないことすらわるわけで、記録をまとめることは出来ても、読み物になるかどうかは別になるのかな?とまとめてから気が付きました(笑)。

ということで手間取ってましたが、早いうちになんとかしましょう。

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2014年5月 5日 (月)

沖縄作戦時の大村空特攻

昭和20年3月27日、実用機特攻隊は4月5日より作戦開始を予定、特攻機は可能な限り最大の爆弾を搭載できるように準備するように指示される。

4月4日に松林中尉以下の特攻隊が鹿屋へ進出。6日に松原中尉、加藤候補生、田端上飛曹、河本飛長の小隊が1340発進、大森少尉の小隊、石橋少尉の小隊、遠藤少尉の小隊と発進していった。このうち、田端上飛曹は昭和18年末空母「龍鳳」に乗り組んでいた搭乗員で、大村空でも制空作戦に出撃していた記録がある。

4月14日、合原中尉ら第2陣が発進、予定していた19名のうち16名が発進するも、7機が引き返し、9機が突入した。合原中尉は1720空母突入を報じ、高橋候補生は1729敵戦闘機みゆ、他2機も敵戦闘機見ゆを報じている。なお、合原中尉は大村空にて制空隊として出撃した記録有り。
16日には0700林田飛曹長ら4機(うち1機引き返す)が発進、0926敵艦船に必中攻撃と突入電。加藤少尉、長谷部二飛曹の2機(他2機は発進せず)は1220発進するも1402敵戦闘機と交戦し、長谷部二飛曹は未帰還、加藤少尉は喜界島不時着。林田飛曹長は、空母「祥鳳」乗組の生き残りで、大村空でも制空隊で出撃した記録あり。

第3陣は磯貝中尉らで16名が15機で鹿屋へ進出してきたが、空襲が激しくなってきたので一旦大村空へ戻り待機となり、下旬再進出。
5月4日、0620までに発進、0848までに突入を報じている。
磯貝中尉、藤井候補生は沖縄近海の巡洋艦に命中したと見張り報告により判定されたい。第2波は2機とも引き返し、第3波鈴木少尉、茂木一飛曹突入、第4波林候補生、保科1飛曹は無線機無く状況不明、5波2機引き返し、6波太田1飛曹、高藤1飛曹無線機無しで状況不明。
加藤少尉、武2飛曹は中城湾、足利少尉、宮崎1飛曹は突入、1機引き返し。
5月11日
1小隊 牧野少尉、斉藤1飛曹、2小隊 川野上飛曹、もう1機不時着、3小隊 淡路1飛曹、もう1機引き返し。川野上飛曹は0810水上艦見ゆ0814に突入、牧野少尉は0832敵水上艦みゆ0833斉藤突入を報じている。

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