カテゴリー「日本海軍の航空母艦」の8件の記事

2013年6月23日 (日)

航空戦艦と「速吸」型「鷹野」型

 拙著『日本海軍の航空母艦』にも書いたと思いますが、昭和17年8月、航空戦艦と「速吸」型「鷹野」型といった、着艦甲板はないけど射出機を装備し、13試艦爆を射出して帰りは基地もしくは他の母艦へ帰還させるという計画が進められます。これらの計画は、何のために進められたのか、というとアメリカの商船改造空母対策であろうというのが私の見解です。ちなみに航空戦艦にしても、「速吸」型にしても、図面が13試(彗星)ではなく17試(流星)となっていますが、これは艦政本部側の大きい機体が入るようにしておけば後々困らせない、というもので、航空本部側には17試を搭載する計画自体が存在しません。

これらの計画は「伊勢」「日向」の改造で実現しますが、肝心の彗星(13試)の射出が21型では実戦運用が困難だったらしいこと、とはいえ22型の準備には時間がかかり、そもそも戦訓から彗星でも戦闘機の直掩が必要になることがはっきりし、計画時構想していた運用が困難となり、装備部隊である634空は瑞雲との共同運用となっていきます。

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2012年12月 2日 (日)

「雲龍」型

この間、丸でも特集記事があったと思ったら、艦船模型スペシャルも出ましたね。

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2009年11月11日 (水)

現在の所

Hyoshi_kari

11月26日ごろの予定、との連絡をいただいております。

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2009年10月25日 (日)

ステータスは印刷中?

 ステータスは印刷中になったようです。

 予定通りのスケジュールじゃないでしょうか。

 さてさて、写真を貼る作業を進めようか(謎)

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2009年10月15日 (木)

なんとかかんとか

何とかまとまりつつあります。

来週ぐらいにはほぼ見えてくるかな?

発行予定日 2009年11月30日
コ ー ド ISBN978-4-499-23003-2
書   名 日本海軍の航空母艦 その生い立ちと戦歴
著 者 名 川崎まなぶ
予   価 定価3,780円(税込)
進行状況 制作中
内   容 かつて太平洋を所狭しとあばれまわった日本海軍機動部隊の中核は「航空母艦」でした。本書では、太平洋戦争において戦艦に代わり新たに海上戦力の主役となった日本海軍の航空母艦の開発がいつごろから、どのように計画され、実際に作られたのかについてを大正時代にまでさかのぼって概説します。

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2009年9月 9日 (水)

結局、題名は

「日本海軍の航空母艦 その生いたちと戦歴」となりそうです。

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2009年9月 6日 (日)

前書きはこんな感じ

 第2次世界大戦における太平洋での戦いはまさに“航空母艦”の戦いであった。

 “航空母艦の戦い”とは、飛行機と飛行機、もしくは飛行機対艦船、地上との戦いである。そういった意味では真の主役は飛行機であったとも言えるが、その活躍はもちろん洋上遥かに行動することができる航空母艦あってのものであった。

 それでは戦艦に代わって新たに海上兵力の主役となった航空母艦の建艦は、いつ頃から、どのように計画され、実際に造られたのだろうか? 残念ながらこのことについて満足のできる説明をした文献はあっただろうか。無いのであれば、「知りたいのなら自分で調べるしかない」と調査をスタートしたのが本書の執筆の端緒である。

 日本の航空母艦が建艦された大正時代から昭和20年までの歴史の中で、特に注目していたのが昭和14年からの④計画、16年の戦時急造計画、17年からの⑤計画及びその後変更された改⑤計画であった。すなわち戦時色濃くなる中、あるいは戦時中に日本海軍は航空母艦をどのような考えで整備しようとしていたのだろうかということである。例えば、昭和1937日に竣工した「大鳳」はどのような経緯で建造に至ったのか、同じく昭和198月に竣工した「雲龍」はなぜマリアナ沖海戦に間に合わなかったのだろうか? これはライフワークでもある“マリアナ沖海戦”の空母整備状況にも関わってくる問題であり、ぜひ知りたいとも思っていた。

 また、空母3隻を新造する予定であった⑤計画から、19隻を新造する改⑤計画にと大きく変更される流れについても、満足に説明する著作はなかった。ミッドウェー海戦での空母4隻喪失で変更された、と解説する向きもあったが、それにしてもあまりにも突然にしてかつ極端に過ぎるのが不思議である。

 本書は日本の航空母艦の11艦を取り上げ、それがいかなる建艦思想で作られたのか、可能な限り現存資料をもとに概説し、空母建艦史の疑問点などを埋め合わせようと試みるものである。

 さらに別稿として「母艦搭乗員 激闘の記録」を収録した。これは、航空母艦とその艦上機の開発、運用の方向性が何とか固まった昭和1213年ごろをはじめとして、ハワイ作戦、ミッドウェー海戦、第2次ソロモン海戦、南太平洋海戦を戦った母艦搭乗員の方々への取材、伺った回想を軸に、日本空母の戦いの記録としてまとめたものである。

 詳細のはっきりしない第2次ソロモン海戦もそうだが、特にハワイ作戦以前の母艦搭乗員がどんな方々だったのか、母艦部隊の訓練、戦い方に何か違いがあったのか、 などについてを知る一材料となれば幸いである。

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題名はこんな感じ

母艦搭乗員 激闘の記録(戦前編)
母艦部隊、初陣飾るも運用定まらず
新兵器 急降下爆撃機の誕生
着艦訓練
新機種艦爆 いよいよ実戦へ
パネー号撃沈
新鋭空母での訓練
新鋭「蒼龍」も加わる
艦爆と艦攻 爆撃は急降下か水平か
ハワイ作戦
無謀な戦争への道
搭乗員はどこから来た? 「加賀」の場合
そろそろ除隊を考えていたのだが・・・「赤城」へ
いよいよ出撃
ハワイに向けて
運命の12月8日
連続攻撃は可能だったか?
ミッドウェー海戦
なぜミッドウェー?
ミッドウェーへ
「瑞鳳」の戦い
ミッドウェー海戦の敗因は、どの様に考えられたのか?
第2次ソロモン海戦
母艦航空隊再建
ガダルカナル島を奪回せよ 母艦部隊出撃
第1次攻撃隊
第二次攻撃隊は敵を見ず
南太平洋海戦
再建は思うように進まず
ガダルカナル島の飛行場制圧出来ず
先制攻撃を受ける
「翔鶴」艦爆隊の攻撃
「翔鶴」も被弾…
「隼鷹」艦爆隊、出撃
遠距離攻撃となり…
「隼鷹」艦攻隊出撃
水葬
航空母艦
「鳳翔」 日本海軍航空母艦のいしずえ
建造経緯
航空母艦完成に向けた試行錯誤
実際の運用
そして練習空母へ
「赤城」 南雲機動部隊の旗艦として活躍した大型空母
建造経緯
縦索から横索へ
大改装をしたものの・・・
「加賀」 日本最大の航空母艦として長きにわたり君臨
建造経緯
カタパルト開発経緯
その後
「龍驤」 小型だが速力があり使い勝手の良かった空母
建造経緯
新着艦装置 呉式を初めて採用
その後 小型であるために
「蒼龍」 近代的な高速航空母艦第1号
航空巡洋艦か、純航空母艦が 葛藤の経過
建造経緯
完成後の経過
「飛龍」 量産型の礎となる
建造経緯
戦歴
「翔鶴」型 前評判は悪かったが最も活躍した航空母艦
建造経緯
実際には
戦歴
「祥鳳」型 戦時改装のはずが戦前には改装終了
建造経緯
戦歴
「龍鳳」 最も古い航空母艦改装予定艦
建造経緯
戦歴
「大鷹」型 着艦訓練に整備された
建造経緯
どのような空母だったのか
戦歴
「飛鷹」型 商船改造の中では最有力航空母艦
建造経緯
実態
戦歴
「大鳳」 予算などの制限のため半端な能力となってしまった航空母艦
建造経緯
実態と戦歴
「伊吹」 巡洋艦改装は時間がかかりすぎた
改装経緯
「雲龍」 量産型航空母艦
建造経緯
個艦ごとの事情
「千歳」 予期せず航空母艦となる
改装経緯
戦歴
「信濃」 「大和」型という大型戦艦を改装した超大型航空母艦
空母への改装経緯
最強空母の実態は?
最強空母の結末
五〇二一号艦 「大鳳」型を大型改良したものだが起工に至らず
計画の背景
計画の実態は
「伊勢」型航空戦艦 航空母艦不足救済の窮余の一策
改装経緯
搭載した射出機 一式二号射出機一〇型及び一一型
実戦
「神鷹」 手間多く益少なし
建造経緯及び戦歴
「海鷹」 対潜直衛に活躍
建造経緯
戦歴
特TL型空母 対潜哨戒用航空母艦
建造経緯
「速吸」 航空母艦不足を補うために計画された船
建造経緯
戦歴

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